父ちゃん、人生はラテン系♪?

人生、楽しくいきましょうや♪

【想い出】もし野球をしていたら 前編

右膝痛が生じてから、緩いウォーク&ジョグの日々。
さいたま国際まで、残り88日。
のっけから、出鼻を挫かれた。じっと我慢。

で、リラックスするために、野球に関する想い出話をしたくなった(笑)
夏の甲子園の熱気に煽られて、思い出したのかもしれない。

もし、中学で野球をしていたら、人生はどうなっていただろう?
この歳になっても、未だに、素朴に感じることがある。


父ちゃん、少年野球では、一時期、エースで4番だった。

肩が強く、投げ込むボールのスピードも速い。
バッティングも、毎試合のように、ホームランをかっ飛ばしていた。

もっとも、球は速いが、いかんせん、ノーコン。
フォアボールを連発して、試合をダメにしてしまうタイプ。

強肩を生かし、早々とキャッチャーにコンバートされた。

キャッチャー。忙しい。やりがいのあるポジションだった。
キャッチャーマスクを被りながら、大声を出して、守備全体を統率する。
性分にあっていた。


中学では、サッカー部に入部。

今でこそ、サッカー部の方が人気があるかもしれない。
が、父ちゃんの時代は、スポーツとしての人気は、圧倒的に野球が上。
サッカーは、アウトロー的イメージがあった。

なぜ、野球部に入らなかったのか?
公立中学ではあったが、野球部は、市内でも有数の強豪で、名門チーム。
日々の練習がとても厳しく、スパルタで有名。
勉強どころではないと言われていた。

で、消去法的に、サッカー部。
苦しい練習を避けた。軟弱者。


ところが。

中学一年生のとき。
11月から翌年2月までの約4ヶ月間。
冬場のトレーニングは、野球部との合同練習になってしまった。

楽するつもりだったのに、話が違う!?(笑)

野球部は、名門チームらしく、顧問の先生が、毎日、厳しく指導。
顧問の名前を覚えている。国語の三井先生だ。

これに対し、サッカー部顧問の先生は、指導に顔を出すことはなかった。
自分達で、適当に練習をしていた。

当時、サッカー部の顧問が、三井先生に対し、冬場に、サッカー部員を鍛えて欲しいとの余計な一言が発端だったと記憶している。

ちなみに、サッカー部の顧問だった先生の名前は忘れた(笑)
それだけ、影が薄かった。

サッカー部先輩の二年生部員は、一斉に反発。
三井先生の指導が気に入らないと言って、合同練習をボイコット。

でも、一年生部員はわかっていた。
先輩は、厳しい練習が嫌なだけだ。
もっともらしく、気に入らないとか屁理屈言って、逃げただけ。

サボりたい奴は、放っておけ。
部活に参加するかどうかは、個人の自由意思。
本当に練習したいと思う者だけ参加すればいい。
三井先生は、泰然としていた。

一年生部員は、ボイコットしなかった。
ビビる思いを抱えながら、合同練習に参加。

サッカー部は、分裂ぎみになったが、力のない弱小クラブ。
サボる奴がいたところで、気にもされない。

名門野球部との合同練習。厳しい日々が待ち受けていた。
遅れをとると、罰ゲームが待っている。

長くなりましたので、続きます。

オヤジの想い出話は、長くなります(笑)

にほんブログ村 その他スポーツブログ マラソンへ
にほんブログ村

スポンサーサイト

Comment

キミ兄  

早く、早く続きを!

2015/08/19 (Wed) 20:44 | EDIT | REPLY |  

BJ  

Re: キミ兄さん

やる気にさせてくれるコメントありがとう!
メチャクチャ嬉しいです!

2015/08/19 (Wed) 21:48 | EDIT | REPLY |  

Add your comment

Latest