父ちゃん、人生はラテン系♪?

人生、楽しくいきましょうや♪

3年前~東日本大震災

名古屋ウイメンズ応援は、本当に楽しかった。
記事を書いていても、筆?が滑らかに進む。

しかし、ふと気付く。
そうか。もう、3年も経ったんだな。
名古屋で浮かれてばかりでいいのかな。

三年前。
東京都内のオフィスで、仕事をしていた。
自席で、書類を見ながら、打ち合わせ中。

午後2時46分。
地震の揺れを感じた。
打ち合わせ中の相手と、大きいね?と顔を見合わせ、互いに天井を見上げる。

まぁ、直ぐに揺れは収まるでしょう。打ち合わせ中の書類に目を戻す。

しかし、揺れが明らかに大きい。長い。
再び、打ち合わせ相手と会話を止め、大丈夫か?と天井を見上げる。

その瞬間、大きくグラリと揺れ動いた。
これは、まずい。

瞬時に、自席を立ち上がり、「机の下に隠れろ!」と大声で怒鳴った。
オフィス内で、皆が一斉に机の下に潜る光景。
叫んだ後、私も慌てて机の下に潜る。

どれぐらい隠れていただろうか。
揺れが収まるのを待つしかなかった。

揺れが収まった後、皆の無事を確認。
小学生の頃からの訓練が役立つときが来るとは。

そこからが大変だった。
携帯もメールもつながらない。
インターネットで情報収集。

固定電話で、かみさんと一人娘の無事を確認。
かみさんは、たまたま千葉に出掛けていて、東京の自宅には戻れない。
千葉の友達宅に泊まらせてもらうことになった。

自宅には、一人娘がひとりぼっちで留守番。
当時、一人娘は高校3年生。帰宅しなければならない。

ネットで地図検索し、自宅まで約26㎞足らずと確認。
自分の足で帰宅することにした。
このときほど、自分がランナーで良かったと思ったことはない。

オフィスを午後5時半頃に出発。
都内は、帰宅困難者で溢れていた。
道路は渋滞した車が並び、全く動く様子がない。歩いたほうが早い。

スーツ、コート、ビジネスバッグの出で立ち。
たまに、走ったりもしたが、ビジネスシューズが踵に響いた。

オフィスより約19㎞にある実家に立ち寄る。実家の無事を確認。少し休憩。

自転車を借りる。自宅まで残り約7㎞。
飛ばしに飛ばす。爆走。

ようやく帰宅。
一人娘は、ボンヤリとテレビを眺めていた。
午後11時頃だったと思う。

一人娘が話す。
「地震があって凄く心細かったけど、父ちゃんから電話があって、安心した。」

その日は、久し振りに一緒の部屋で寝た。

あれから三年。脳裏に焼き付いている。
忘れることはないだろう。

震災直後、オフィスにランニングシューズを置くことにした。
今も、箱に入れた状態でそのまま常置している。

個人的な印象では、復興は進んでないように感じる。
「がんばろう、日本」というスローガンは、実質を伴っているのだろうか。
日本は、これでいいのだろうか。
語れるほど、自分は何かしているだろうか。

疑問を感じることしか出来ず、申し訳ありません。

昨日午後2時46分。黙祷。

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Comment

ひでち  

No title

3年前は、私も仕事中でして、家族には連絡がとれないし、上司は早帰りを認めてくれないで残業させるしで、会社にいたくないので、同僚と歩いて帰ってきたことを思い出します><

怖くて眠れない娘の為にコンビニをはしごして
食べ物をかき集めました。

幸い無事ですが、失わなくても良い命が多くありました。東京で起きればもっと被害甚大になる事は必定です。気を引き締めて過ごしたいと考えさせられます。

2014/03/12 (Wed) 10:43 | EDIT | REPLY |  

BJ  

Re: No title

>ひでちさん、
この記事にコメント頂き、ありがとうございます。
3年前は、お互い、大変な出来事でしたよね。
当時の混乱を思い出すと、今の平和な生活はありがたいと感じます。

しかし、福島等のエリアの皆さまは、我々の想像を上回る思いをされたと思います。
個人的には「がんばろう」というメッセージを軽々しくは使えないなと思ってます。

2014/03/12 (Wed) 18:25 | EDIT | REPLY |  

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