2017年度 フルマラソン全国制覇の状況

フルマラソン全国制覇
02 /22 2018
今シーズンのフルマラソン参加は、京都マラソンにて終了。

【京都 西本願寺】


今シーズン参加したフルマラソンは、以下の4大会。

17/5 柏崎潮風(新潟)4時間25分

17/9 榛名湖(群馬)4時間51分

17/12 青島太平洋(宮崎)5時間33分

18/2 京都(京都)5時間29分


昨シーズンは6大会に参加したが、今シーズンは4大会に止まった。
気持ちがテニスにいったため、参加数が減少。

47都道府県のうち、参加地域は20に到達。
キリのいい数字になりましたな。



「テニスプレイヤーでもサブ4?」はしてないけど、まっいいかって気分。
ジョギングだけで記録は狙えない。が、ジョギングぐらいが身体には心地いい。

昨シーズン辺りから、かみさんがボチボチとフルマラソンはもういいかなぁと言い始めた。ランニング大会は、参加するにしてもハーフで充分らしい。
むしろ、ヨガをしたり、プールで泳いだり、山に行く方が楽しいようだ。



父ちゃんも、今はテニスをしている方が楽しい。
かといって、フルマラソン全国制覇をあっさり放棄する気分にはなってない。

全国旅ランだから、時間がかかる話。
ほそーく、ながーく、たんたんと続けていけばいいんじゃないかな。
フルが体力的に厳しくなれば、ハーフで繋げていってもいいし。

来シーズンは55歳を迎える。55歳でサブ4はしたいかなぁ。

名付けて、


ゴーゴー!フォッフォッフォッ♪


うーむ。あまりピンとこんな。バルタン星人。

思いつきで、行き当たりばったりで、でまかせな野郎やね(笑)


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京都 東寺~剣豪 宮本武蔵

フルマラソン全国制覇
02 /21 2018
京都マラソン翌日。東寺へと出向く。



京都の幾多の観光名所のうち、東寺を選んだ理由。かみさんが、講堂に安置されている立体曼荼羅を見たいと言ったからだ。

立体曼荼羅とは、21体の仏像を配し、曼荼羅の世界を具現化したもの。ガイドブックの写真を見ると壮観。興味をそそられる。

実物は写真を遥かに上回る威容。圧倒的。
写真撮影は禁止なので、脳裏に焼き付ける。



南大門、五重塔、金堂、食堂。東寺は弘法大師ゆかりの寺。
チョイと感激したので、お土産に冊子を買う。

冊子の中で、哲学者の梅原猛が寄稿を寄せている。梅原猛の「法隆寺論」に関する本を小学生か中学生の頃に読んだことを思い出した。

本の内容は、すっかり忘れてしまった。
大胆な仮説からの歴史ドラマに興奮した感触が残っている。懐かしいなぁ。



東寺を後にし、観智院に行く。東寺との共通鑑賞券で見学。

共通鑑賞券を買うかどうか。一瞬考えるが、わずか200円の差額。

「2度と来ないのかもしれないのだから、ケチケチせずに行こう。」

ケチケチするような金額ではないが、小市民はわずかな金額こそこだわるのである(笑)



観智院入口で渡されたパンフを軽くながめて、びっくり。剣豪宮本武蔵筆「鷲の図」があるらしい。

まさか? なぜ、この場所に?



床の間におられた解説員の方の説明によると、吉岡一門との決闘後、宮本武蔵は報復を避けるべく、3年間、観智院に身を潜めたとのこと。
この間に「鷲の図」を書いたらしい。

剣豪宮本武蔵。この地で何を感じていたのだろう。
偶然の出会い。旅の醍醐味。



【徳川家康 遺訓】
人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。
勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。
おのれを責めて人をせむるな。
及ばざるは過ぎたるよりまされり。
(観智院“愛染明王像”にて)




京都マラソン~夫婦ファンラン

フルマラソン全国制覇
02 /20 2018
京都マラソン。参加者16000名のマンモス大会。駅から人の波。



駅からスタート会場までは近く。
手荷物預かりのバスの列。京都は寒い。手荷物を預けられるタイムリミットまで待つ。

ボヤッとしていたら、預け損ないそうになる。人の波をかき分けるのは時間を食う。かみさんと気忙しく移動しましたな。



で、タイム。

5時間29分!

サブ5.5達成!

もっとも、サブ5.5は狙っていたわけではない。
ギリギリ残り1分を捻り出したわけでもない。全くの偶然。

2ヶ月前に参加した青島太平洋マラソンでは、最初に飛ばしすぎ、撃沈。かみさんが苦しみに喘ぐ。中盤から歩いては走るの展開になってしまった。

その反省を生かし、今回はのんびりマイペース。ラストまで古都京都を楽しむことができました。

馴染みの京都各地の名所を人力で回っていく。デジカメを使って、あっちでパチリ、こっちでパチリ。
フルマラソンってすごい距離を走るんだなぁと素朴に感じましたな。



都大路、楽しく走らせて頂きました。

ありがとうございました。





京都入り

フルマラソン全国制覇
02 /18 2018


古都京都。散歩に飽きない街。

東京に比べ、京都は一声寒い。
昨日は、時折、雪が散らつく空模様。





敵は本能寺にあり。信長公にご挨拶。



京都といえばおばんざい。
ランチもディナーもおばんざい。



夕飯後、ホテルに帰るときに、偶然見つけた近江屋跡地。坂本龍馬が暗殺された地。

えっ、ここなの?とビックリ。“遭難乃地”と記されてますな。



夫婦ファンラン。
目指すは、エイドの生八つ橋(笑)



旅ラン:青島太平洋マラソン~卒業旅行の想起

フルマラソン全国制覇
12 /14 2017


宮崎の青島太平洋マラソン2017。
今年、ラストを飾るフルマラソン。かみさんのたっての希望により参加した。

父ちゃんが宮崎の地を踏むのは、ほぼ33年振り。
学生時代に、50㏄バイクを駆って国内行脚した卒業旅行以来だ。

当時、若干21歳。往年の写真を見返すと、我ながら可愛い顔。ツルリとしている。
かみさんに言わせると、「別人」らしい(苦笑)

記憶を呼び起こす旅にもなった。



宮崎入り初日。
レンタカーを借りて、先ずは青島神社へと出向く。

卒業旅行では、"鬼の洗濯板"と呼ばれる海岸を写真撮影したら、先を急いだ記憶が残っている。

当時、プロ野球ジャイアンツの春期キャンプの時期。
キャンプ風景を一目見ようとしたが、休日に重なり、満員御礼。道路が渋滞し、混雑が激しかった。
やむなく、断念して高千穂峡に向かった。

学生の頃は、神社参りに興味がなかった。
歳を重ねた今は、じっくりと探索するようになったね。



青島神社には、ジャイアンツの選手の直筆による絵馬がガラスケースで飾られていた。2017年1月参拝のもの。

高橋由伸監督は「新化」、坂本勇人主将は「世界一、日本一、百打点」と願掛けしてましたな。



青島神社を後にして、堀切峠に立ち寄った後、サンメッセ日南に向かう。

サンメッセ日南には、イースター島公認により復元されたモアイ像が立ち並ぶ。



卒業旅行当時、サンメッセ日南はなかった。1996年にオープンしたようだ。

入園料700円かかるから、学生時分の頃だと入園しなかったんじゃないかな。
貧乏ケチケチ旅行だったからね。

かみさんは、「青島神社に比べ、若いグループ連れが多いね。」と言う。

モアイ像含め写真スポット満載のエリア。
"インスタ映え"を狙っているのだろうね。今時やね。



で、青島太平洋マラソンの結果。

5時間33分7秒!(ネットタイム)

かみさんとサブ5を意識しながら、スタートはしたものの。
18㎞付近で、かみさんが頭痛を訴える。呼吸も苦しく酸欠状態と言い始めた。

これはいかん。

かみさんは、サブ5を目指せるようなトレーニングはしていない。最初、飛ばしすぎたツケが回ったかな。

で、20㎞以降は、歩いたり、走ったりの繰り返し。

夫婦ファンランで、かみさんが苦しむ身体状況になったのは初めて。

サブ5などとそそのかすのはやめた方がよかった。

身体が一番、記録は二番。

37㎞地点エイドで、大会名物"日向夏ゼリー"をパクついた後、息を吹き返したのは、げんきんと感じたけど(笑)

青島太平洋マラソンは、宮崎市街を巡り、青島の海岸沿いルートを走るなど風光明媚なコース設定。

高校生ボランティアも溌剌としていて、元気一杯。無邪気さは若者の特権やね。



大会翌日。都井岬まで日南海岸ドライブ。

都井岬灯台からの風景は、「地球は丸い」と実感させてくれた。
遮るものがなく、グルリと周囲を眺めることができる。果てしなく続くブルースカイとエメラルドグリーンの海。

南国情緒に溢れてましたなぁ。



都井岬には、御崎馬という野生馬がいる。

卒業旅行当時、路上で野生馬に遭遇し、とても驚いた印象が残っている。
その記憶から、都井岬には再び行ってみたいと思っていた。

今回も「いるかなぁ?」と恐る恐る運転しつつ、突然、道端で草をはむ馬に出会えた瞬間、「あっ、いた!」と子供のように反応してしまったな。



卒業旅行の記録によれば、一日で、50㏄バイクにて、都井岬から高千穂峡まで宮崎県を横断している。走行距離は285㎞に及ぶ。

285㎞という距離は、東京駅を起点とした場合、車ならどこまで行ける距離だろう?

北に向かえば、ほぼ福島駅。
南に向かったとすれば、浜松駅を優に超える。

調べてみて、気が遠くなった。体力があったんだろうね。



そんな旅を3週間に渡って続けていた。よく根気が続いたもんだ。

今であれば、スマホを使って走行距離をコントロールすると思う。

しかし、33年前はそんな便利なツールはない。
地図を便りに、行き当たりばったりで突き進んでいた。

若いってのは、そういうことなんだな。

卒業旅行直後から、いつか再び50㏄バイクで全国を駆け回りたい。できるはずだ。漠然と想い続けていた。が、現実には、実現していない。

定年を迎え、悠々自適になればトライしたいなんて思ったりもしているけど。

果たしてね?

BJ

そこら辺にいるオヤジでございます。